越前谷硝子製造所は約20年前、インターネット通販商品として、東静容器工業の自社製品「ナギサ」以外の商品を検討していた頃、最初に製品を提供協力してくれた職人でした。
その製品が、ミニ香水瓶でした。
越前谷硝子製造所の社長は、東静容器工業の社員に箱で大量のミニ香水瓶を持たせてくれました。その香水瓶の写真撮影が難しく、黒紙バックにしたりして、撮影に苦労したのが懐かしいです。
しかし越前谷硝子製造所はその後、廃業して工場を閉鎖しました。
ミニ香水瓶、江戸ガラス小物を作る職人がいなくなって、初めて生産の難しさと価値を知りました。他に作れる職人がいないのです。需要があっても、供給ができないのです。
我々、東静グループは約20年間に渡り、ミニ香水瓶の高い伝統技術、工芸品芸術品としての価値を知らずに安売りしてしまいました。その結果、貴重な江戸職人と工場を潰してしまったわけです。
もし価値が分かり高く買っていたならば、今も後継者がいて工場も技術も残ったかもしれない、と思うと後悔の思いが絶えません。
匠東静は、その反省で設立された会社でもあります。
職人の言い値で仕入れて職人にお金を回し、江戸職人の技術を守ることを重要な目的としています。
社長と奥様には長年、価値も分からず、ミニ香水瓶を安売りしてしまったことについて謝罪しました。
工場閉鎖後も社長の奥様は残ったミニ香水瓶の在庫を細々と販売していました。
お詫びも兼ねて、匠東静に来たミニ香水瓶の注文は、全て社長の奥様に渡していました。マージンも貰いませんでした。
奥様から、もっと早く匠東静を立ち上げてもらいたかった、と言われました。何十年経っても、物価コストが上がっても売値が上げてもらえず苦しかった、と言われました。
社長からは資料を見せてもらい、色々な話をしてくれました。
何とか江戸ガラス小物の技術を残せないか、といくつかのガラス工場を回りましたが、ミニ香水瓶を見せるやいなや、無理、と言われました。
その後、奥様から、貴方も売りなさいよ、と言われたので、スタッフに販売させることにしました。
決して値切るようなことはせず、奥様の言い値で仕入れ続けました。
社長は心筋梗塞で危険な状態が続きました。
社長が会社を残して亡くなられた場合の混乱の大きさが予想できたので、言いにくいことではありますが、奥様に早く会社を清算するよう勧めました。
親族から株を買い上げること、不動産を売却すること等を助言しました。
令和4年6月、社長の存命中に資産の整理ができて、無事に会社の清算できる、と連絡をもらいました。
私も含む商人が、職人の仕事生活を顧みず、自己の利益を貪った結果、江戸職人、伝統技術、貴重な商品を消してしまったのです。